Small House /狭小住宅

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[Steel frame/steel structure efforts]/【鉄骨/スチール構造の取組】

鉄骨造は、引張力と曲げに強い鉄鋼を用いることで、細い部材で構造体をかたちづくることが特徴です。

その中でも、山下は、薄い鉄板、極細の部材を用いて鉄骨造をつくることに力を注いできました。なぜならば、それぞれの部材は薄く弱い存在であっても、組み合わせ方、配置の仕方、などによって、単体ではなしえなかった強さを発揮することに美学と新しい力学の発見をしているからです。

人に準(なぞら)えたとき、私を含めて個々人の力には限界があり弱いものですが、それぞれの特徴を活かし適材適所で力を合わせれば、一人ではなしえなかったことを実現できると信じているからです。このことは近年提唱されているSDGsにもつながる考え方だと思っています。

3.The world’s thinnest iron plate exterior wall with a thickness of 3.2mm creates spaciousness.

  / 厚さ3.2mmの世界一薄い鉄板の外壁が広さをつくる

ペンギンハウス:2002

緑に囲まれた小さな敷地

東京都板橋区にあるこの住宅は、小さな神社の参道に面した緑に囲まれた小さな敷地に建っています。クライアントは音楽家のご夫婦で、ご要望は 音楽室とおふたりのためのシンプルな生活空間ではありましたが、それでも60㎡の土地に車1台の駐車スペースをとり、生活に必要な最小限なスペースを確保するには3層めいっぱい使う以外に方途はなく、なおかつ北と東の2方向 で道路に面しており、北側と道路の斜線制限をクリアする必要がありました。

世界一薄い壁

この建築で最も力を注いだのが外壁です。狭い敷地のなかで、普通の厚さの壁を用いると、狭さ故に壁が平面に占める割合が多くなってしまいます。そこで、性能的に許容される極限の薄さの壁を作れば、その分、内部空間の面積が多く取れることになります。コスト的にもよく、室内をほんの少しでも広くしたいというニーズから生まれました。

構造家と施工者と綿密な打合せを重ね、当初の設計より10分の1の厚さにあたる3.2mmという皮膜(スキン)のように薄い外壁を実現できることになりました。面剛性を確保する鉄板の壁は、上に向かってゆるやかなカーブを描き、それぞれが合掌するかたちとしています。結果、出来上がったユニークな形状から「ペンギンハウス」という名前がつけられました。

断熱塗料との出会い

コスト面と狭さはクリアしたものの、その後は居住性の問題が残っています。鉄板1枚の壁はその厚さに関係なく断熱性に欠陥があり、機械的手段では決してカバーできない事は幾多の先例が示しています。そんな時に出会ったのが断熱塗料。特殊セラミックスを配合した塗料で塗膜は0.8㎜に満たず、それでいて高度な断熱性を発揮しながら、防水性、耐候性に富んでいると聞き、施主との合意のうえで採用することになりました。鉄板には断熱塗料を塗装し断熱性を確保。薄い外壁は軽量でもあり、コストダウンと性能の確保の両立を図っています。

施主も含めたコラボレーションの産物

これほどの衝撃的な建物は、誕生の過程に常識を超えた何かがあると解釈するのが普通ですが、ペンギンハウスはそうではありません。至極まっとうな条件と、とても合理的な思考のもとに生み出されたものです。それにしてもこうした先進的な試みが実現されるには、施主、設計者、施工者の息があっていることが必須でありました。施主夫婦は、万人に受け入れやすいものとはいえない特異解に理解を示し、すんなりと受け入れ上手に住みこなし、そして楽しんでいます。「世界一薄い鉄板の壁が、都市部の狭小地の価値を最大限に高める」このことを確信し、狭小地でのチャレンジのスタートとなる建築となりました。

 

4.Stacking 270 thin steel boxes / 270個の薄厚鉄板のボックスを積み上げること

セルブリック:2004

シンプルな要望から生まれた「積む」という発想

敷地は東京都内の閑静な住宅地の一角。家族構成は50歳代の女性と20歳代の息子・娘2人の4人で、クライアントの女性はデザインやものづくりを職業にされているため面白い住宅に住みたいとの要望でした。具体的な要望としては「家具を購入しない」「カーテンをつけたくない」「外部からの視線に対して閉鎖的でありながら明るい建物」などの数点だけでした。そこで、私達が提案した「鉄の箱を積む」というアイディアを提案したところ、気に入っていただき、自ら浮遊するようなバスルーム、トイレスペースを利用したランドリースペースなど、様々なクリエイティブな提案をしていただきました。

空虚なる組積造

この住宅はいくつかの住宅で試みているスキン化と、建築の原点である組積造という対極に位置するものを一体化する方向と、構造、機能、熱環境を一機に解決できるものを目指して思考していきました。

「鉄板でできたボックスを組積造のように千鳥に積み上げ、その間から光と風を通す。」、「組積造のようでもあり、鉄骨造のようでもある。」そのような状態を生み出そうと考えました。

ここで使用されている鋼製の箱は900X450X300mmの寸法で、外向きの部分の厚さは9mmです。箱の他の側面は6mmの均一な幅を持っています。箱は5つまたは6つのユニットで運ばれ、建設現場で高張力ボルトでそれらを融合させました。ユニットごとにそれらを積み重ねることで、工期短縮にも繋がっています。

ものの密度と空間の深度

通常の壁厚が150mmぐらいのものを鉄板の6mmと9mmに置き換え可能なのは、その物質の密度に関係し、外部からの防御や音の問題をクリアーしているからです。この住宅で特に考え、期待していたことに“空間の深度”があります。薄い鉄板の箱を千鳥に積むだけでは空間のふくらみがないために、ボックスの仕切り板と中棚(構造でも重要ではあるが)を取り付けることは初期から考えていました。単純な室内にならないように壁部分に何重ものレイヤーをかけることで木漏れ日の中にいるような空間となり、収納の中にものが入ることで生活のレイヤーがかかり完成となります。

木漏れ日の空間

箱は構造を担うだけでなく、収納ユニットも兼ね、さらにはブリーズ・ソレイユと呼ばれる光の制御にも使うこととしました。奥行きのあるボックスによって、直射日光を防ぎ、白いボックス面で反射する柔らかい間接光が、たくさんのボックスの隙間から室内に取り込まれます。森の中の木の葉を通して降り注ぐ太陽光のような光の空間が実現されました。構造、機能、光と熱環境という3つの要素を同時に解決するのが、270個の鉄板のボックスというわけです。

 ペンギンハウスプロジェクトでの経験を活かして、セルブリックハウスは山下の第二の皮膚構造の家のプロジェクトとして位置づけられています。この建築により、世界の建築家の新人賞として名高いAR+D賞グランプリを受賞することとなり、世界レベルで建築やものごとを考えることにつながった、大きな起点となった建築でした。

 

 

 

5.Never abandon anything, the last drop / なにひとつ見捨てない、最後の一滴

Lucky drops:2005

「Lucky Drops」という名前は、「ワインの最後の一滴」という意味です。日本語の「残り物には福がある」ということわざと同じような意味合いがあります。都市の中で見捨てられ最後に残ったこの土地を、価値のあるものとして転化する、そのためのチャレンジの数々がこの建築には詰まっています。

最大ボリュームを確保するためのスキン化

狭小住宅で住宅を設計する事は多いが、その中でもこの敷地は異様でした。敷地は、間口3.26m、奥行き29.3m、もっとも狭い部分で0.79mという極端に細長い形状で、街の土地区画から取り残されたような土地でした。さらに隣地からの外壁後退距離の0.5mを確保すると、居住空間の間口は2m程度しか確保できないという状況でした。私たちは設計の初期段階からクライアント、設計者、構造エンジニア、施工者、メーカーと協力体制を組み、困難な敷地状況での家作りに向けた設計をスタートしました。

方針としては、この敷地の特性を活かして最大限の建物長さを確保すること、地下空間を最大限利用すること、そして外壁をなるべく薄くすることで、最大限の居住空間を確保することを目指しました。外壁はFRPという半透明の素材を使って柔らかな光を取り込み、1,2階の床は透過性のあるエキスパンドメタルを使い、水平力を負担しつつ地下まで光と風を届ける工夫をしています。地階は、通常のコンクリートの山留め壁の施工はせず、防水層と鉄板に断熱および断錆塗料を塗布する工法を採用し、より広い居住空間を確保しました。暮らしの中心となる場を地階にしたのは「地階は50cmの後退の法規的な制約を受けない」からです。つまり地階だけは3mに近い幅が確保されています。

ペンシル型のスチールフレーム

全ての構造体をスチールとしました。工場で加工された、1ユニットずつ組み建てられたペンシル型スチールフレームを現場に搬入し立ち上げました。型枠・配筋・基礎工事を無くしたことで工期が大幅に圧縮されました。建て方に要した期間はわずか5日でした。この建物は、厳しい敷地条件をクリアするため多くのプロたちが知恵を出し合いました。

例えば地下の壁は12㎜厚の鉄板とH型鋼の組み合わせ、躯体にはフラットバーと丸鋼を溶接した特性の柱が使われています。

街を照らすぼんぼりのように

細いところでも平面だけでなく断面を使って、3次元的に光を外壁全体から取り入れたことで、夜にはぼんぼりのようにまち全体を明るくし、防犯的という観点でまちの安心安全に寄与してくれています。

 

 

 

6.Weak things come together to create value / 弱いものが集まって価値を生み出す

ウェハウス:2004

薄い構造パネルシステムで旗竿地を有効活用

この住宅の敷地は、東京都品川区の住宅密集地に位置し、間口約2.5mの細長い空間の奥に横長の敷地が接続する「旗竿敷地」です。クライアントはカメラマンとグラフィックデザイナーのご夫妻で、スタジオ兼作業スペースと住空間、そして将来2世帯住宅としての使用も想定にいれた住み分けられる住宅がほしいというご要望でした。

住宅としては無理のない広さを持っていたため、プランは、最大限の居住スペースを確保する為にそのままのL字型とし、構造体を最小限の厚さ29.5mmに抑えることで、空間の広さを最大限に使えるよう目指しました。スタジオ兼作業場は地階に設け、1階は将来の二世帯同居に備えた居住スペース、2階にはLDKと水廻り、3階には寝室とテラスを配置しました。

弱いものが集まって価値を生み出す

鉄板はその性質上、引張り強度や圧縮強度が高く、キーストーンプレートは波型によって強度が生まれ、せん断強度や曲げ強度が高いという特徴があります。

鉄板とキーストンプレートの弱いもの同士を組み合わせることでキーストンプレートの波型の弱点や鉄板の曲げによる弱さをお互いに補い張り強度や圧縮強度、せん断強度、曲げ強度など複合的な強度を持つ構造体、総厚さ29.5mm(25mm+4.mm=29.5mm)を実現しました。この開発により、厚さ29.5mmのなかに構造を収めることができ、床、壁を極薄の厚さ、壁構造による柱梁が一切ない空間を最大限使えるように設計にすることができました。

 

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